2016年8月20日土曜日

「アラジン」「アバター」「もののけ姫」が理想のカップル。素朴でstrong heartを持つ人に憧れる


きのうTSUTAYAで、
「ハリーポッター賢者の石」と「アラジン(ディズニーver)」のDVDをレンタル、
100円ワゴンセールされていたよしもとばななの「哀しい予感」を購入しました。


ハリーポッターは、今まで見たことなくて、
最近弟が見ていた第4弾ぐらいを一緒に見て、
面白かったので借りました。



アラジンは、
ディズニーの作品の中で一番好きなんですよね。

ジャスミン王女が好き。
アラビアンナイトが好き。
ペルシャ(帝国)、モスクが好き。
そして空飛ぶ絨毯やランプの妖精なんていう、荒唐無稽でロマンチックな設定が好き♥

だからその世界観にひたって、
思う存分心の自由、ひろがりを味わいた~い♥と思って見たんですが、


アラジンがよかった♥♥(*´▽`*)


アラジンまじ好みーっと思った。

ジャスミンも好みだけどアラジンまじ好みだった。


あの、あんまり深く考えない感じ笑
てらいと悪びれた感じがなくて、めっちゃ素直。
そして怖れがなくて、「ダイヤモンドの原石」な感じ♥

考えないけど、感覚ですぐ本質をつかむ感じ…


アラジン見ながら、「アバター」思い出した。


アバターのヒーロー&ヒロインの在り方もとても好みだから。

アバター主役の彼も、
「You have a strong heart.」って、最初のほうでヒロインに言われるんだよね。

ヒロインも美しいから大好き。



そう考えていて、この二つの作品の共通点に気づいた。

①ヒロインがお姫様、かつ強い
②ヒーローは素朴でstrong heartの持ち主
③強敵がいるがヒーローは恐れず勇敢に戦い勝利する
④速く飛ぶ乗り物

これらが私のお気に入りポイントらしいと気づいた。

⑤ヒーローが最初嘘をついていてそれがばれて一瞬関係が悪くなる
っていうのも共通しているけど…
それはやだな笑



もう一つ好きなカップルが出てくるのが、
「もののけ姫」

サンとアシタカ。

これはヒロインは姫じゃないじゃーん(アシタカは族長だけど)と思ったら、
むしろタイトルに「姫」ついてたわ笑

そして上に挙げたお気に入り共通点、ちゃんと共通してましたわ。


ru結構パターンあるやんけ!って気づきました。




アシタカはちょっとカッコよすぎるけど、
要は、「高潔な人」が好きなんですよね。


普通にぼーっとしてる感じで、
ずるいこととか人間らしいことも普通に考えるんだけど、
わざわざそんな自分を自己否定したりしない。

こじれてないシンプルな人ですね。


あ、あれです。

「汚くない人」が好きなんでしょうね。

いざというときに、
普通の人なら揺れてしまうような甘ーい誘惑を仕掛けられたときに、
それでも正気を保てるような、
「大事なのはこっちでしょ」って普通に言えるような人が、
とっても好きなんです。

尊敬してしまうんですよね。



ruがいろいろ考えちゃってじぶん面倒くさいなーって思うことが多い分、

頭と身体がシンプルに連動していて、
それでいてたまに言う一言が核心をついていたりする人には、
「おぬし、やるな…♥」と射貫かれてしまうのですね。



昔はもっと、
繊細で打てば響く、言葉の中に一ミリでも意地悪な気持ちをこめたらそれに敏感に気づくような人がいいと思っていました。
才能があって、セクシーでちょっとミステリアスで…みたいな。

でもそういう人って、自分と似たタイプが多い…。
(いやジャンルの問題ですよ)

そんなやつ無理だ、めんどくさい、自分のことだけで手いっぱいなのに付き合ってられっか、
って経験を通して学んだんですけどね。



今の私の好みのタイプ、というか、
自分の本質的な好みは、上に挙げた3作品のような関係性だなーと、
アラジンを見ながら考えていた、という話です。


で、同時に買ったばなな氏の「哀しい予感」ですが、
これを最初に呼んだのは中一のとき。
放課後誰もいない教室で読んで、めっちゃ切ない寂しい感じに耐えられなくなって、
慌てて帰ったのを思い出します。

この中に出てくる哲生(てつお)もまた、
わたしの超好みの男の子。



結局、昨日のTSUTAYAで得た直感は、
好みのタイプを再確認するためのセレクトだったのだなぁ笑




で、
好みのタイプというのは、
自分がそうなりたいと憧れるタイプでもあるので、
私はよりピュアに強くなりたいってことだし、

速い乗り物にも興味があることが分かりました。


乗馬とかグライダーとか船舶や飛行機の操縦免許、
パートナーに持っていてもらいたいと私は思ってると思ってたけど、
それ自分でやればえーやん、と思った。

あたし自分で操縦できるなら、男に求めんでいいわ!


馬に乗ってさっそうと駆け抜ける自分、超ときめく!!!

小型飛行機を操縦する自分、かっこいい、超ときめく!!!!!


バイクやスポーツカーには興味ないですが、
四駆は運転して山も登ってみたいわ。



そんなこと今まで思ったこともなかったのに…

いや小学校のときの夢は馬に乗って登校することではあったけど、
自分がこんなに「速い乗り物」に惹かれる人間だとは知らなかった。



笑ってしまいますな。


人の中には、
いくつになっても意外な望みが眠っているんだなぁ。
















2016年8月18日木曜日

未練とか片想いとか理解不能だったruちゃんは、現在神に意地悪RPGさせられてます

by fernando ruiz díaz

書くこともないし、
ほんとは早く寝たほうがいいんだろうけど、
何か書いてから寝ようと思う。



ねえ、

普通の人って、
失恋してどれくらいでそれを忘れられるものなのかな?
(普通の人、ってだれ。って突っ込みはうけません)



ruはねえ、割とすぐ。笑


今まで付き合ってきた相手とは、
最終的に別れる!ってなったときは必ずruから。

そして、割とさくっと忘れ、
さくっと次の彼氏や好きな相手ができてた。
(さくっと、というのは一カ月以内とかってことです)


というのも、
もうやるだけやった!という完全燃焼したアスリートのような感覚を得たとき、
初めて本気の別れを切り出すからです。

そりゃー、もうぶれないよね。

相手から得られるもの、
学べるもの、(傷や痛みの経験も含め)
全部もう手に入れた!って思っての別れだからね。



その際は、
長く深いつきあいで性格も知り尽くしてますから、
相手の優しさや弱さやプライドの持ち方も考慮して、
相手から「もう一度」的なアプローチがないように別れる。

(男は加害者になりたがり女は被害者になりたがる、というのは言い得て妙だと思う)

(いやらしいやり方かもしれないし友人からは鬼扱いされるけど、
女だったらそういうやり方をするのでは?と思ってます。)


情や馴れや愛着はあるし、
そりゃあ好きだし、
今まですぐ傍にいた相手がいなくなることで、
身体の一部、時間の一部がひきはがされたような痛みは感じるけど、

だからってその人といることはもうない。


終わったんだもん、って感じでした。



悲しいけれど新たな人生(*´▽`*)…と歩き出す。


するとなんだかよく分からないけど、次の相手がそこにいるというパターン。



なので、
別れた彼女や彼氏が忘れられない、とか、
本気で意味がわかりませんでした。

振り向いてくれない相手を思い続ける、とかも意味不明。
Mな趣味なの?と思ってましたからね。


「忘れようとして辛いなら、好きなだけ思い続ければいい」ってアドバイスとかも、
なんじゃそりゃ、って。
相手が自分のこと好きじゃないんなら、
もっと別の相手見つけたほうがよくない?
なんで同じテンションで思い続けられるの?って。


さらに言うなら、元カレを憎むとか、sexしたら好きになるとかもよくわからんけど…
まあそれはおいておこう。




ruにとって恋愛っていうのは、

「RPGで道を歩いていたら、
明らかにわざとらしいドアやボタン【男】がそこにあって、
『え、これ入れってこと?』とか『え、これ押せってことだよね?押すよ?』
みたいな感じでボタンを押しドアを開けて入ること」

でした。 
(女友達に、「おまえは男か」と言われました。ロマンチックじゃないそうです。すごいロマンチックだと思うんだけど)


「不自然なほど美しくテーブルセットされた食卓があるから、
しかもruの好きな食べ物ばかり(マニアック系)が並んでいるから、
とりあえずそれを食べないことには話が進まないだろうと思って食べる」
みたいなね。

もっと言うならわざとらしく石が置いてある、くらいの感覚。
まあ拾うよね。


だから、少なくとも始まりにおいては頑張りが一切必要ない。
(始まると頑張りだらけ。いっぱい努力と我慢。涙( ;∀;))




そんなもんだと思っていたので、


美味しそうな御馳走が置かれてて、
食べようとしたらガラスの向こう側だった、みたいな展開は、
「え、何がしたいわけ?」
ってすごい戸惑うわけです。


しかもそのガラスはミサイル防弾レベルの強度だとわかったので、
がっかりして をひねりながらその場を立ち去ろうとしたら、
今度はその御馳走が金色に光り出すわけです。


「光った!!!」ってなって戻ると、
もうただの御馳走になってるわけです。
もう意味不明ですよね。どーいう意味??みたいな。

またがっかりして立ち去ろうとすると、今度はすごいいい匂いがしてくる…

「わぁいい匂い!!」ってなるけど…(エンドレス)



こんなRPGあったら絶対超もやもやしますよね?

壁に投げつけて壊しちゃうかもしれません。


しかもむかついて電源切って、
他のゲームやろうとしても、また必ずそのシーンからスタート。みたいな。

「え!なんなの?!」ってなりますよね。

超困惑しますよね。


いやほんとになんなんだろう…


いい加減にしてくれよ

食べろってことなの食べるなってことなの


言っとくけど
ruのモットーは「花より団子」「絵に描いた餅はいらない」ですよ?

現実で役にたつものが好きなんですよ。



わかってんのかコラ



まだ始まってもないものを後生大事に抱えていられるほど、
ruのリアリストぶりは大したことなかったっけ?

最低でも味見はしてからハマる、というのが私の在り方ではなかった?


うーん。



まず自分自身の対応が理解不可能なんですよね。

このRPGは、
私の人生の中では一度もプレイしたことがないタイプです。

執着心は今までにも強く感じたことありますが(共依存恋愛とかで)、
違うタイプの執着というか…
まあでも普通にそういうケースも経験してみたいな~って刺激を求めてるだけかもしれないですね。よくわからん。


こういう感じでみんな片思いしたり未練引きずったりするのかな。
自分自身理解できないと思いながら。

だとしたら、ちょっとわかる気がするけど…

それとも違う気がする…


共通してるのは、
自分では感情をコントロールできないってことなんだろうね。


ちょっとだけわかったよ。

みんな大変だったんだね。ごめんね。もうなんにも言わないよ。



















2016年8月16日火曜日

某掲示板の某スレッドを見て悶絶したのち気づく。なんだ、痛いのはもとからやん。

東京からの帰り、♥の真横の席から。


ruを知る人に、
「ruって性格悪いよね~」って言ったら、
たぶん多くの人が「そうかなぁ?ん~そうでもなくない?」って言うと思う。

ruを知る人に、
「ruって変だよね」って言ったら、
ほとんど100パーセントの人が「だよね!変わってるよね!」って、
食い気味に同意すると思う。



うちの弟が、
「うちの姉ちゃん癖があるからなぁ~…」と残念そうに人に語ったと聞いて、
「でも意地は悪くないでしょう?!」と反論したら、
「そうだね…」と寂しそうに同意した。
「性格悪いよりいいでしょう!?」と重ねると、
「そうだね…」と黙ってしまった。


そんな女です。ruです。


尊敬をこめられることも、
侮蔑をこめられることもある「変わってる」。



過去に恋愛関係になった殿方たちでさえ、
最初に私に興味をもってくれたときの一言は、
「ruさんって変わってるね/面白いね」でした。

「可愛いね」や「優しいね」がない!!!!!

そして慣れてくると「おまえは動物か宇宙人みたいな女だな」と言われる。



今、そんな私の「個性」が、
一般の恋愛市場においては不利に働く気がしてしょうがありません。

「ruちゃんてどんな子?」と聞かれ、
「うーん、悪い子じゃないけどちょっと変わってるかな」って紹介されたら、
たいていのオトコは心の中で「じゃあいいです」って思うよね。

「ちょっと変わってるけどいい子だよ」って言ってもらおう。(順番は大事だ)


別に恋愛市場に出品したいわけではないが、
ふと思っただけ。
「変わってる」と、「意地悪」「冷たい」はどっちがいいんだろうと…





はい、ここからが本題。


今日、とっても久しぶりに、某掲示板を見てしまったのです。


はい、
PC・PD・骨格のスレッドです。


ruはこのブログを初めてから、
PC・PD・骨格関連のblogなどはほとんど全く見なくなり、
興味もなくなっていたのですが、

なぜか今日気になって久しぶりに覗いてみたら、

ちょっとだけだけどこのblogについても書かれている部分があり。


動悸がしたわ。笑



ドクンドクンドクンドクン!!!やばい死ぬ!!!!!!って笑


死ななかったけどな。



で、もう家に帰ろうとPCの電源を落とし、
車のエンジンをかけ…ているときも、少し手が震えていました。




はー見なきゃよかった。
まずあの雰囲気自体避けてきたエネルギーの最たるものではないか。

どうせいいこと書かれているわけないのに。
 

絶対みんなに痛いやつって思われてるよ。


素人のくせに何様のつもりだよ。
サブまで診断しちゃって精度高いつもり?
傲慢か。
勘違いだろ。

子宮系とかスピとかなんですか~??

って思われてるよ!!!!!
(そうは書かれてなかったけど被害妄想大爆発)



ぎゃーーーーー
死ぬーーーーーーーーー!!!!!!

もう「ちきゅうはじっけんしつ」閉鎖か!???
じっけんしつ閉鎖しちまうか!!????
「お探しのページは存在しておりません」ってBloggerさんに言ってもらうか????




って笑

某スレッドを覗いてからだいたい15分くらいの間は
悶絶していたでしょうか。


ある瞬間、

「痛いやつって思われたら何なの?(変わってるはもはやアリでも、痛いやつは嫌だった。)
 
ていうかその通りじゃん。痛いやつじゃん。
変わってるよね~って、今まで何回言われてきたんだオマエ。

常識にとらわれないよね~とか、
無礼講が似合うよね~とか、
自由だねーとか、
ruがいる場所って無法地帯だね…とか!!!!!(いろんな人がいろんな意味で)


その通りじゃん!!!
否定する必要ある???申し開きできる?????

いや無理だろう。

私は痛いやつなんだ。
非常識で身の程知らずな、アホなんだ!!!!(゜.゜)」


とひらめき、

震えが止まり笑いが出てきたのでした。(*´▽`*)



そう思われたところで事実だし、と思うと、どーでもよくなったです。



わたしはそう思われるのが怖くて、
いろんなことを制限してきたと思います。


端的に言うと、恥をかくのが怖いってことです。

浮いてるって見られるのもやだった。



でも別に恥かいてもいいや。
だってruには失うもの、名誉とか地位とかないし。

私の身近な人、私が犯罪者になるかこの世から旅立つ以外は、
割と容易に受け入れてくれそうだし。(諦め…)


自分がしたいこと、言いたいことをして、
それについての責任はとります。とりたいからです。

でも、とる必要がない責任はとりません。


私は自分がしたいことをする自由を手に入れるために、
それにくっついてくる責任をとります。




私が私自身に対して、あったまおかしいな~って思う一番の特徴は、
知りたい欲求を止められない部分です。
ひよらない好奇心です。

その欲求のために、リスクをとりましょう。


もし私がワクチンを開発する科学者なら、
まず被験者として自分の身体に注射を打つでしょう。
知りたくて。
でも不確実な状況に人を巻き込むのは申し訳ないから、
まあやっぱり自分に打つでしょうな。


現状では一般的ではないより幸福な生き方が存在しているらしい、と知れば、
それをまず私がチャレンジして実験して体感したらみんなに教えるね!!!
と思うのが私の性質です。


ちょっと狂ってます。



私は空を飛びたいです。


自分に都合のいい常識だけ受け入れて、
古くて役に立たないと感じられた面白くない常識は破ります。

他人の欲求不満や感情的問題はその人のものなので、
右から左に流すのも練習中です。



私はちょっと変かもしれません。
空気読めない系かつ不思議ちゃんかもしれません。



でももうその部分はもう平気。

事実だからね。

それを認めたら安心感さえもが感じられる。笑




だから、
某スレッドに書き込みして私を心臓バクバクにさせてくれた、
その人に感謝します。

ありがとう!!!!!!!!!!


おかげさまで「痛い人」に免疫ができました!!!!(さらに痛い人に…?)




私がPD・PC・骨格の自己診断の結果やそれにたどりつくまでの経緯、
服を選ぶときの誰かのヒントになりそうなこと、
個人的な痛い経験や気づき、

もろもろをここでシェアしているのは、私がそうしたいからです。


そうした先に何が起きるのか、
自分の中で世界の見方が変わるのか、
知らない誰かと繋がれるのか、
何かしらの変化を期待してのことです。知りたいんです。


それで、

それが誰かの役に立つんじゃないか、という気持ちもあるからです。



って、わざわざここに書いているのは、
わたしのこと嫌いな人はわざわざわたしのblog読みにこなくていいからね~ってメッセージもこめてのことです(*´▽`*)


メッセージをいただいたり、
ファッションカウンセリングにご応募くださったりする方に対しては、
「こんな可愛い方たちがruのblog見ててくれてるんだ!!!超うれしい!!!!」
って思ってばっかりなんですが、

きっと、ちょっとネガティブな感情をお持ちで、
それでも訪ねてきているような方もいるのかな、と思ったからです。


もったいないですよ。
無駄なんですよ。エネルギーが。
だからやめてね。



ruも前にそんな気持ちで読んでるblogがありました。
認めたくなかったけれど、嫉妬でした。
「わたしのほうができるのに」 そう思ってる自分もいました。

でも、だったら自分がやれよ。
今やってない自分より、始めているその人のほうが絶対に上だ。
そう思っておっかなびっくりスタートしたら、人のことは気にならなくなりました。
(人のblogも興味なくなりました)


口ばっかで何もできない自分、
怖れがいっぱいの自分に気づけるのも、チャレンジした後です。



でも「痛いと思われたくなかった自分」に気づき、
「実際に痛いかもしれない自分」に気づき、認めると、
さらに「痛くても、痛いと思われてても平気な自分」に気づけます。(ruのケース)

すると無駄なエネルギーの漏れが、いっこ減ります。(^^♪



そしてもっと自分の中がしたいことにエネルギーを投入できる。

そしてruのそれは、きっともっと常識外なことな気がする。



超うれしいんだけど。




2016年8月14日日曜日

良薬、口にも耳にも苦し

by BMiz


わたしには、
今でもずっと感謝している、人に言われたきつい言葉があります。




今でも甘ったれでしょーもない私が、

今よりも10年近く若くて、
信じられないほどあほな泥沼恋愛をしていた時代。

毎日がしんどくてしんどくてたまらんくて、
そのときのバイト先の、
ruを妹のように可愛がってくれていた女の先輩に相談していた。

そんな彼女に言われたのです。

「ruちゃん変わる気ないんだったら、もう相談してこないで。
こっちも時間とエネルギーさいてアドバイスしているんだよ?」って。


ru、ががががーん。


本当にすみませんでした!!!と謝りました。

そして、それから彼女に愚痴とも甘えともつかない、
出口のない相談事は二度としなくなりました。


そして、彼女に対してだけではなくて、

自分の甘ったれ根性が、
誰かのエネルギーや時間を奪っていることを自覚しました。


本当に、そう言ってもらえて良かったと思います。






それから数年後、

チャネリング?とかリーディング?とかをされる、
スピリチュアルな方に人間関係のことで相談をしました。

鑑定が大人気の豊子さんのblog「豊子のスピ生活」

(不定期で鑑定の募集をされますが、一日ですごい数の応募があるし、
今は休止中なようです。)


それでね、
そのときはメールでのやりとりだったんだけど、
豊子さんから「毎度きつい言葉でごめんね」と前置きがあった後、
(あれです、ハイヤーとか天使とかそーいう人からのメッセージなので)

「友人ができにくいのは、あなたの側にいるのが居心地が悪いからです。
こうでなくては!とキリキリしている人の側に、誰がいたいと思いますか?」

みたいなことを言われたのです。
(詳細は覚えていないですが、「居心地が悪い」の部分はショックだったのでよく覚えています。)


「こうでなくては!」と自分を厳しくジャッジして
失敗を恐れ、失敗したら自分をひどく罵るような人間←当時のru
の側にいたら、
「私も失敗できない」って誰でも思いますよね。

まあ、そういうことを言われたんですけど。


かなりグサッときて、
そのメールの文面は何度も見返しました。


もし同じことを言われたとしても、
優しい言葉でオブラートに包まれていたとしたら、
私はそこまでショックを受けず、
自分の課題についての向き合いも変化もゆるかったと思います。


はっきり言ってもらってよかった、って当時も今も本当にありがたく思ってます。




そういうことを経験したので、

自分が何かを伝える立場のときも、
自分にとっての「本当のこと」を伝えたほうがいいと思ってます。

その瞬間は空気が悪くなって、
相手にショックを与えることがあったとしても、

決して傷つけることはないとruは思います。



「本当のこと」

わたしが本当に感じて思っていること、
過去にあった事実。

それを聞いて傷つくのはエゴとプライドであって、魂は「そうそうそう」って感じだと思う。

やっと前に進めるね!みたいな。



ちなみに、馬鹿とかアホとかただの罵りでしかない言葉は、
その人にとっての「本当のこと」を伝える勇気と覚悟がないときに出てくるものだと思います。


「あなたのことなんか信じられない」よりも、
「あなたのことを信じたいけど、怖い」を伝える。

「○○ちゃん、可愛いのに何でモテないんだろうねー、男側が見る目ないよ」よりも、
「自分のことが大事で、相手のことちゃんと見てないんじゃない?」って言ってあげる。


そっちのほうが、怖くて、誠実で、相手への信頼と愛が必要。


ruは、どうでもいいわと思った相手には、
ただの相槌で答えるし、
その場しのぎさえできればいいや、どーせもう会わないし笑
って感じになるときもある。


そこらへん、
まだまだ器と愛が小さいんだと思う。

前に、すべてに「誠実」であろうとして自爆した経験から、揺り戻しを受けてるのかもしれない。



まあでも、
自分に正直にあるのは自分への愛だと思うし、

なるべくは人のことも信じて、
愛のある良薬を話したいと思ってはいます。




以上!



2016年8月9日火曜日

「私たちはどうすればいいのかわかってます。でもそれを選ぶか迷ってます」ってのがホントのところ。

by Yasin Hassan - ياسين حسن

どうしたらいいのか分からない、って言いたくなることがあると思う。



こちらが立てばあちらが立たず。


すべてがうまく行く、
誰もがハッピーになるような解決策はない、って思うときもある。


短期的な視野で見れば。



でも本当は、みんなどうすればいいのか分かってるんだと思う。

知ってて、
でも怖くてできない、と思ってることはあると思う。


流されてるほうが簡単、と思ってることはあると思う。




キング牧師を例に出そう。


キング牧師は、ガンジーの「非暴力・非服従」の思想哲学に影響を受けた。

白人より劣位にあると見なされ差別され続けてきたアフリカ系コミュニティーで、
「非暴力・非服従」を唱え、それを核に運動をスタートさせた。

そのムーブメントはどんどん広がっていき、
現実社会に変化を生み出す。


でも、一朝一夕で社会が動いたわけじゃない。


その間には、
「非暴力・非服従」に疑問を持った人も多くいたはずと想像するに難くない。


黒人解放を唱え、
しかしキング牧師と正反対な主張をしたと言われているのが、
マルコムX。

彼は、武力による抵抗を唱えた。

自分たちを支配している敵(白人)から自由になるには、
暴力も致し方ない(というか必要)と考えていたようだ。



自分が、その時代のアフリカンアメリカンだったら、
どちらの言い分にも耳を傾けるだろうと思う。


マルコムXだって、リーダーとして支持を受けるのは自然な状況だったと思います。




でも、

今の時代まで偉人とされるのは、マルコムXではなくて、キング牧師。



私たちは、
そっちが正しいと感じているから。

難しくいばらの道だけれど、「正しい」のはそっちの道。


自分に勇気があったなら、
可能なら進みたいのはその道。



なら、私たちはどちらに進むのが自分の魂が喜ぶか、
死ぬときに後悔しないのか、

既に十分に分かってるってこと。



私たちは、既に、
どうしたらいいのかわかっています。


その上で、どちらを選ぶのか迷っているんです。


そうだよね?






上の二人は、結局暗殺されちゃった。



ruは幸せに看取られて死の床に入りたい。

でも、だからって、
「楽そうに見える道」が安楽につながっているかどうかわからない、っていうのがミソだね。








2016年8月8日月曜日

私たちは現代の日本に生まれただけで多くの自由を手にしている。嘘も前世も、役立つ方便は全部使えばいい。

by you mee


私は日本に生まれた。

それだけで免れることができている、
大きな負荷がたくさんあると思う。



インフラが整っていて、公園でも綺麗な水が飲める。

どこででもトイレを貸してくれるし、
トイレットペーパーは備え付け、しかも流せる。



わたしはよく落とし物をするほうだけど、
落とした財布が二度戻ってきた。



終電で女性一人で家に歩いて帰れる。

ノースリーブに短パンで歩いていても性暴力被害に遭うことはない。(滅多に)

被害に遭ったら、
(ほとんどの人が)加害者の責任だと考える。




高等教育を受けたいと言ったら応援してくれる家族がいて、

きっとその環境がなくても、
どうにかできるような制度がそれなりに整備されている。



毎日、洋服のことや好きな人のことを考えていられるくらい平和。

恋人や兄弟を、戦場に見送らなくていい。

徴兵は義務ではない。




自由恋愛ができる。

両性の合意のもと、結婚も離婚も自由にできる。



中絶しても罪に問われない。刑務所に行かなくていい。



宗教は理解されにくいが、
強烈に憎悪・排除されることもない。


(公の)身分制度がない。
差別されない。


言論の自由が保障されている。




日本国籍のパスポートの信頼度は世界有数。

ビザ不要の国もあるし、
ある一部の国に比べるとビザを取るのが容易。



まだまだいっぱいあるけど、この辺にしておこう。




日本には日本の、
他の国にはない特殊なシリアスな問題が山積しているけど、

それでも今すぐ命をとられるような状況ではない。


私は、現代日本に生まれただけで、
とてもとても大きな自由を謳歌できる環境にあるし、幸福だ。


安全だ。




最近、BSでやっていた「”愛ある結婚”を求めて~」という、
インドのドキュメンタリーを見た。

”愛ある結婚”を求めて~インド~ 「(原題)Love in the Time of Hate」


今も自由恋愛が認められないインド、
異なるカーストや異教徒間の結婚は認められておらず、

それを貫こうとすると、
暴力や、果ては身内による「名誉殺人」にまで至ることは珍しくない。

そんな当事者の二人を身体をはって手助けする、
NGO「ラブコマンド―」を核にしたドキュメンタリーです。

何組かのカップルが、
NGOの小さなシェルターに身を寄せ合って過ごしているのが、
別世界の話のように感じられました。

Love CommandorsのHP
(トップにno more honor killingsって書いてある)



同じ村の男性と恋に落ち、
駆け落ちして彼の家で暮らすようになったインドの女性。


彼女の二人の兄が妹を取り戻そうと、
恋人たちが暮らす家に訪ねてきたが、会えなかった。

近所の人たちが間に入り、兄たちに諦めて戻るように言った。


ある夜、
二人の兄は妹の首を切った。切り落とした。彼女は死んだ。

いわゆる「名誉殺人」です。



ドキュメンタリーの取材者は、


その兄妹の父親に対して、
「妹を殺した兄たちについてどう思う?」とインタビューしている。

父親は、
「息子らが娘を殺したとき、私たちは村を離れていたから、行為については把握していない。
 だけど娘は娘。
 彼女のふるまいは家族の名誉に泥を塗った。
 家族の名誉を辱めた。
 息子たちに怒りがあるのは当然だ」

というようなことを答えた。



また取材者は、
二人の兄が妹が暮らす家を訪ねてきたときに、
間に入った(とりなした?)中年男性にも、インタビューした。

すると彼は、
「もしあんたが彼ら(兄たち)の立場だったらどうなんだ。
他にやり方があったと思うのか?
どうなんだ?」

って、逆に怒りをぶつけてきた。




それ見て、ruはもう、はあああああ~…って思った。


もう会話絶対通じないよね。

ruが今のruのままその父親だったら、
自分の息子が、怖れとエゴまみれの衝動から殺人を犯してしまったとなったら、
それ自体がものすごい後悔と恥なんだけど、


彼らには彼らの正義があり倫理があり常識があり、
ruのそれが彼らのそれより正しいなんて、言えないよね。



彼らにとっては、
「親が決めた相手以外と暮らす娘」は恥さらしで、
同じ村にいる人たちへの体裁はとても大事で、

それが「名誉」で、

娘に「正当」な「罰」を与えることで名誉を回復しようとした。


そしてその村では、その試みは見事成功。
周囲の理解も得られている。


兄が妹の首を切断したり、
母と息子が共謀して娘を生きたまま焼いたり、
父が娘を絞殺したり。

今もインド中で、頻発しているらしい。

若い女性は、完全にモノだね。人権不要。
ruなら早くに死んでる自信あるわ。



ruはその社会の常識とは違う常識を持つ異教徒で、
理解の範疇を超えていると感じるけども、

でもよくよく自分を省みれば、

私たちだって同じだって、そう思った。


みんな頭がおかしいんだよ。


うちら、自由なはずなのに、
思う存分羽を伸ばして自由を謳歌していいはずなのに、

超不自由だからね。



私たちは、世界でも有数の「自由を謳歌できる国」の国民だ。


ここにあるものを使って自由に幸福になることができなければ、
他のどの人生でも幸せになんかなれない。


いや、どこででもなれるんだけど、

今この日本で自由になれないなら、
どこにいたって不幸になる選択肢を選ぶだろう。



貧しい人を、
苦しんでいる人を、

憐れんで胸を痛めるのは簡単。


でも不自由で不幸な人が誰かを自由に幸福にするなんて、
妄想と傲慢が過ぎる。


まずここで自分が自由になって、幸福になる。



無差別殺人をする愉快犯も、
集団で一人の女をレイプする男たちも、
肌の色ですべてを判断するやつも、

すべてくそったれだと思う。



でも、

「それは私かもしれない」とも思う。


記憶にはないけれど、
「私はくそったれだった過去があるのかもしれない」と思う。


そう思うことで、
私は自分自身の責任と力を取り戻せる。


だから相手を許せる、というわけじゃない。

許しましょう、なんて言ってない。



だからカルマと思ってすべてを受け入れましょう、なんて全然思わない。



半分は、生きるための方便。


「私は私をレイプした奴が憎い。
一番残酷なやり方で相手を苦しめ辱め、痛みと惨めさをなるべく長く味合わせたあと、
絶望の中に突き落として、その顔をせせら笑いながら命を奪ってやりたい」

と思ってたこともある。

(そのとき、相手を苦しめる方法をあんまり思いつかない自分の想像力のなさと、
罵るためのボキャブラリーの貧弱さにがっかりした)



でもさー、
あるときふと思ったのよね。

「前世というものがあって、
しかもたくさんあったのなら、
過去に男だったこともあっただろうし、
粗野で、知性と自信に欠如した男だったこともあるかもしれない。

もしや嫌がる女性を暴力で無理やり襲ったことだってあったかもしれない」

って。


「もしくは、娘を遊郭に売った母親だったかもしれないし、
怪しげな雰囲気の集団をスルーした通行人だったかもしれない」


そう思ったら、
ごめんなさい、って謝りたくなった。


次はそんなことしないからね、って。



ruはなんだかんだ言って、
すべての人は光で、善で、美しくありたいものだと信じている。

いろいろ見たり経験しても、
結局そう信じているんだから、ruは性善説の人間なんだと思う。

仕方ない。

だから、

どんなくそったれでも、
死に際「しくったーーーー!!!!もっと愛に満ちて生きればよかった!!!!」って
後悔すると信じてます。

どんなくそったれでもね。(ほとんどのくそったれは。)


だから、どんなくそったれでも、
本当は憎まれるのではなくて、憐れまれるべき。


どんな行為からでも学びはあるけど、
たぶん、予定してきたよりも学びが少ない人生っていうのもあるんだと想像する。

そういう場合は、
「ごめんごめんごめん、まじごめん!!自分!!!!!!!」
ってなって、
恥ずかしくなったり反省したりするんじゃないかな。



そう思うと、
人のことあーだこーだ言わないで、
自分のことしっかりやろう、ってところにまた戻って来る。


人を可哀想だと思うなら、
まず自分を幸せにしてみろ。

人に嫉妬するなら、
100パーセント自分に関心を向けてみろ。


それからようやく人にあげられる。

自分の闇を光に昇華できて、初めて。



私は昔からNGOの活動とかに興味があった。
貧困や宗教の相違による争いは、どうやったらなくせるんだろうと思ってた。

でも、「人助け」をしたい自分は偽善者か?とも思ってた。


今はこう思うようにしてる。

「私は過去に、そういう世界で苦しんでいるのを助けられた女性だったかもしれない。
助けられっぱなしだと感じていたから、次は私が与える側になりたいと強く願ったのかもしれない」

もしくは、
「誰かを助けたくても、助けられる地位や経済力がなかったのかもしれない。
それを持っている人は、誰も助けてくれなかったのかもしれない。
私がそれを持っていたら弱い者を助けるのにと、己の無力を歯がゆく思ったのかもしれない」


「だから今与えられた」




すべては方便です。



私たちはラッキーな場所と時代に生まれた。

偶然か、意図があるのか。


でもきっとそれを小道具にしたいと考えてきたはず。


みんな自由に生きられるといいね。



2016年8月4日木曜日

「無条件の愛がほしい」とか言うけど、ほんと?受け入れられると思う?

by JoFotografie

ruが大学生の頃、夜テレビを見ていたら、
爆笑問題の太田さんがこんなことを言っていた。

「みんな無条件の愛がほしいとか言うけど無条件の愛は怖い」みたいなこと。
(正確には覚えてない)

ruは恋愛に苦しんでいたときだったので、
その言葉に一瞬引っかかり、
「ほんとうに無条件の愛は怖いのだろうか」と考えてみた。

納得した。

太田氏はちゃんと自分の頭で考えておる、と思った。(えらそう)



無条件というのは、
こちらが何をしようとも、しなかろうとも関係ないということ。

影響を与えられないということ。

コントロールできないということ。


私が興味を持とうが、憎もうが、罵詈雑言を吐こうが、愛してくれる。


それって怖いことだなと思った。


自分はエゴまみれの人間だということをその時点でも自覚していたから、
その「手応えのなさ」に恐れを感じた。

今もそう。


無条件に愛されているなんて想像しただけで、
自分の一部は怖くて仕方がなくなる。

宇宙の果てに触れようと、手を伸ばしている感じ。

心許なくて不安。



もしその対象が異性で、恋人であったら、
やっぱり怖くなると思う。
何が怖いんだかは、まだ正確につかめないし表現できないけど。


結局、ゆだねることと信じること、
エゴを手放して宇宙のゆりかごの中でゆられていることが、
まだできていないから。


コントロールしたい欲が、抵抗する。



たとえば父性の宗教(っていうか解釈)は、
「悪いことをしたら罰を受けるから私の教えに従え」で、
ルールを示す。
愛されるため、守られるためにはルールを遵守すればいい。


それに対して母性は、
基本的に「与え、奪う」だと思う。
女性はよく自然や海に例えられるけど、
生命を創り出し無尽蔵に分け隔て無く与えるけど、
突然牙をむいて襲いかかってくる。

私たちは無力で、コントロールする術をもたないと、痛いくらいに伝えてくる。



それが「無条件の愛」であっても、
私たちは恐れてしまう。

「条件付きの愛」の方が気楽に感じられる。

「無条件」は、すべての条件を無にする。

それを受け入れられるのかどうか、私たちは進化の過程にあると思う。






今日の一曲。


Counting Stars - OneRepublic (violin/cello/bass cover) Simply Three


リズムと、音が走ってる感じが好きです。


遠くまで行きたい。

遠くまで遠くまで、誰もついてこれないくらいに速く、
見えないくらいに深く。






2016年8月1日月曜日

自分に与えられた役割を、嫌とか別のがいいとか言ってもしょうがない。Coccoを見て思った。

by Michael Benatar

私はきっと、
「その人がその人に戻っていく過程」に携わりたいんだと思う。

その方法は何でもいい。


その人にはその人にしかできない役割があって、

たとえその人が別の誰かに憧れて目指したとしても、
結局別の誰かになることはできないね。


生まれ持った種を、どうにかこの地上でなるべく綺麗に咲かせていくしかないね。


それしかできないね。





Coccoという歌手をご存じですか?(前に曲をご紹介しましたね。)


私が彼女を知ったのは、小学校の高学年だったと思う。

土曜日、学校から帰ってきて(当時は隔週休みだった)、
友人宅でお昼ご飯をごちそうになり、
テレビを見ていたらインディーズの曲を紹介する短い音楽番組で、
Coccoの「カウントダウン」が流れてきた。



その後、「raining」が。




もう、なんて怖い歌だ!と驚愕したね。

それからすぐに帰途に着いたんだけど、
夏の沖縄の午後2時、太陽はまぶしく影はくっきりしているのに、
背筋が寒いようなぼーっとした感覚を覚えています。



それから、
高校生になって彼女のCDを買ったけど、
聴ける曲と聴けるタイミングというのがあって、
気力体力が足りないと感じるときは、決して彼女の曲はかけなかった。

聴いたら負けるから。

私にとって彼女の歌は、そういう存在だった。


引きずられる。


綺麗なメロディーと寓話のように恐ろしい歌詞、
哀しいようなおぞましいような、でもそのまま天に抜けていくようなエネルギー。昇華までの流れ。


彼女は自分の表現を「排泄行為」と呼んでいた。
「自分の排泄行為を見せて、それでお金をとっていいのだろうか?」



ある音楽雑誌のロングインタビューの冒頭で、
ライターの人はこう書いている。

「あなたは決して私を非難していなかったけれど、混沌のうちに、あなたがこう感じていることがわっかった。
私は血を流して歌を生んでいるのに、あなたは血を流して書いていない――。」



Coccoはどこまでも真摯で誤魔化や虚飾がなく、
嘘をつかない。

とてもとてもとてもピュアで、どろどろしている。
それをそのまま曝している。

汚いのか汚くないのかわからない。




彼女のエッセイを図書館で見つけて読んだ。


3、11の後に出されたもので、
Coccoが東北へボランティアに行ったときのことが書かれていた。

正確には覚えてないんだけど、こんな感じ。

「自分のやってきたことや在り方に誇りを持っているけど、
こういう場所にくると、自分がもっとメジャーな歌手であったらと感じずにはいられない」
みたいなこと。

たとえば、SMAPやAKBのような、
たぶん「ど真ん中」を走る「わかりやすさ」を備えた人気者。



同じ「歌手」のジャンルでくくるにしても、
エネルギーやそれを受け取る対象、位置づけは全然違う。

売っているものが違う。




Coccoのもとには、「助けてほしい」って手紙がたくさん届くって言ってた。ファンレター。

血で「助けて」って書いてあるんだよ、
どんだけ重いの。

もはやファンレターじゃないじゃん。


だからね。
深い深い深い闇の中でどうにか一日をつないでいる人たちには、
彼女の歌は届くんだと思う。

ぎりぎりのセイフティーネットとして機能する。


「がんばれよ、明るく生きて行こうぜ」「すべてに感謝」的な歌詞や明るいメロディー、
そういうのが素通りしていくような人に、
きっと深いところで明日を見せるんだと思う。

(明るい応援ソングは、もう少し気持ちが上向いてからやっと聴こえるようになるんじゃないかな)


それはすごいエネルギーだなと思うし、
彼女にしかできない仕事な気がする。

どんだけしんどい役割なんだと、想像するだけでおそろしいよ。



そんなCoccoが、たとえば嵐と同じような役割を果たそうとしても、
やっぱりちぐはぐになるよね、きっと。

どの段階、どの世界にいる人に届けるかが全く違う。


もちろん、どっちが素晴らしいという話はそもそもできなくて、
その人はその人の役割をただ果たしていくしかできないという話。


ときに、

自分はとても損をしているように思えたり、
他の人がうらやましく思えたり、
今望んでいるものではなくて他のものに興味を惹かれるような自分だったならとか思うこともあるけど、


人にはその人だけの形があって、
どう頑張ってもそれ以外にはなれない。

その人はそのオリジナルの種を芽吹かせることが、
その人の中から湧き出てきたものをなるべく純粋に形にして外に出すことが、
世の中にも一番大きく貢献することになる。



そういうことが言いたかったのでした。

もう終わりです(^_-)-☆



あ!
今のCoccoは昔のDeep&Darkなエネルギーとは違いますよね。
大きく変わったなって感じたときがあった、けどいつだったっけか。
私は、今の、地球とか人類に対しての(笑)でかいまっすぐな愛溢れる歌がすきです。
彼女はめちゃくちゃ強くなったと思う。
受け取るようになったと思う。
彼女のライブではいつでも、後ろで演奏している人たちの目がとてもとても優しい。
「大丈夫だよ」っていう目。
めっちゃ泣ける。笑



あ!②
でかくて幅広い人たちにエネルギーを届けると言ったら、
やっぱり長いこと売れ続けている人たちはすごいですね。

ドリカムの美和ちゃんとか、本当天才だなと思う。
明るくて力強くて、ちゃんとぶっとい根っこがある感じ。
上っ面じゃないから、元気な人にもあんまり元気じゃない人にも届く。