2016年11月25日金曜日

わたし好みのわたしに惚れる男はどんな男だろうか?



誰かのために綺麗になりたい、って素直に思う。



誰かっていうのは、
未来の恋人のことで、

がんばって想像しようとすると、
やっぱりJの顔や空気感を記憶から引き出してきてしまうのだけど、
別にJじゃなくてもいい。




ただ、
近い未来に、

わたしがしっかりとしたパートナーシップを築いていく、
その相手の彼のために、

わたしはわたしを美しく整えておきたいな、って思うのです。


それは、
カタチのない部分も、目に見える部分も両方。




ブロックもトラウマもコンプレックスも、
いっこずつ向き合って、いっこずつ手放していく。


思考のクセも、
「これ要る?」って、いっこずつ手放して。

「今までよくがんばった、もういいよ」って自分を抱きしめる。


苦手なこと、
憧れてたけどできないと思って、
挑戦せずに遠目に見ていたことに挑戦する。

自分のキャラじゃないと思ってたことに挑戦する。


わがままでも自分勝手でも常識知らずでも、
たとえ人に嫌われることがあったとしても、
冷たい人だと思われてもいいから、

わたしは好きなことを言うし、嫌いなことを断る。


自分を自由にするためなら嘘もつく。
罪悪感を捨てて。



お金と時間と手間をかけて、
自分を気持ちよくしてあげる。


エステも、
脱毛も、
よもぎ蒸しも、
ファスティングも。



わたしは自分の身体を、
お社として、
教会として、
神殿として扱う。

神に祈りをささげる場所として扱う。


清める。



彼が「聖なるもの」に接続できる場所になれるように、
自分を扱う。


扱いたい。





好きな服を着る。
今まで入れてきた理論よりも好みを優先する。
直感を信じて衝動買いをする。


失敗したら、潔く認めて、また手放す。



失敗はアリだ。






わたしは、次の恋人とは、
今までになかったくらいに自分のままでお付き合いをする。


嘘なしで。

虚飾なしで。


したくないのに相手の顔色を窺わず、
できないことをできると言わず、
キライなことを好きと言わず、
いい子ぶらずかわい子ぶらず、

だからと言って虚勢を張らず、

駆け引きなしでドストレートに、

相手がなくても幸せで満たされた自分で、
相手をコントロールすることを手放して、


それでもお互いに傍にいたいと思うからって理由だけで、お互いを選ぶ。



お金のためでもなく、
淋しさをまぎらわすためでもなく、
何が理由であろうと、「わたしに欠けたものを満たすため」の付き合いはしない。



いつ彼を失ってもいい
わたしは一人でも立っていられる

だから言いたいことを言って喧嘩もできる


そう思える自分で、相手と関係を築いてみたい。





そのための今だ。




綺麗になりたい。
自分を綺麗にしてあげたい。


内側も外側も、自分好みにしてやりたい。




今まで余計なものをつけすぎた。
余計なものをつけた状態で放置しすぎた。



それを全部捨てる。




わたしの好みはどうだった?

どんな女なら、わたしは惚れるだろうか?



わたし好みのわたしに惚れる男はどんな男だろうか?




出逢うのが、超楽しみです。



Alex Thao - I Can Only Imagine (Cover)


I can only imagine what it will be like
When I walk by your side
I can only imagine what my eyes will see
When your face is before me
I can only imagine

Yeah

Surrounded by your glory
What will my heart feel?
Will I dance for you, Jesus,
Or in awe of you be still?
Will I stand in your presence
Or to my knees will I fall?
Will I sing hallelujah?
Will I be able to speak at all?
I can only imagine
I can only imagine




あなたの傍を歩くときそれがどんな感じなのか
想像することしかできないけど

あなたと向き合ったときわたしの目が何を見るのか
想像することしかできないけど


あなたの輝く光に包まれてわたしのハートは何を感じるのだろう

ジーザス、あなたのためにダンスを踊るのだろうか、
それとも畏敬の念にうたれたまま?

あなたの存在の中に立っているのか、
それとも崩れ落ちて膝をつくのか、

わたしはハレルヤを歌うのだろうか?

わたしは言葉を失わずにいられるんだろうか?


想像することしかできないけど
想像することしかできないけど




という、Christian Rockの美しい歌。(訳はruなのでru解釈の意訳です)


オリジナルのアーティストはMercyMe

良かったら聴いてみてね♥





2016年11月21日月曜日

身体の中からきれいにしたい!古塩抜きダイエットやってみた

この土日は、

土曜の午前中によもぎ蒸しをして、

その帰りにJAで野菜&フルーツを持ち金分(1400円ちょい)買い、
柿・さつまいも大量・バナナ・からしな

帰ってスムージーを作って飲み、

なんとなく「体にいいことしてるなわたし」感が強かったので、
ノリで一日半の「古塩抜き」にチャレンジしました♪


古塩抜きとは、

その名の通り、体内に蓄積されている古い塩分を抜くということ。

ruがファスティングの説明を受けたところで聞いた話では、
古塩というのは、わたしたちが肉食をするときに同時に摂取するその動物の体内に蓄積されていた古い塩のこと。
良質なミネラルとかそういう栄養分は既にないやつね。



方法はいたって簡単。

塩分を取らない食事をするだけ。

それによって、メカニズムはよく知らないけど、
体内に蓄積された栄養分のない古い塩が溶けて排出され、
同時に、その古塩によってかためられていた脂肪や水分も排出されるというもの。


だからむくみとかなくなるらしいと聞いて、
冷えと運動不足からむくみがひどいruはやってみることにした。




・塩分(味噌やしょうゆ、その他のソースやだしの素なども含む)をとらない、
・穀類やナッツ、糖類もなるべく避ける
・海藻類もなるべく避けたほうがいい…(のかな)
・塩抜きで過ごすのは3日以内

というのをおさえて、

・フルーツや豆、野菜をたくさんとる
・カリウム(体内の水分調節をする作用がある)を含む野菜(サツマイモやカボチャなど)をたくさんとる
・排出を助けるため、水をたくさん飲む(2リットル以上を目安に)
・レモンや酢、スパイス、生姜やニンニクなどで味付け


というのが大まかなやり方なんですが、



ruはぼんやり挑戦したので、
水たくさん飲むの忘れてました。


なんだろう、塩分とらないと喉あんま乾かないんだよね。

そして、トイレが近くなる。






一日目は、

・柿とバナナとシナモンのスムージー、
・さつまいもを蒸したもの、
・ミックスビーンズと玉ねぎのみじん切りのサラダ&アボカドのスライスに、
ドレッシング(オリーブオイル+ワインビネガー+胡椒)をかけたもの、
・長いもと豆乳と豆腐のスープ

という感じで、
ちゃんと塩抜きを実行できたのですが、



二日目は、

昼食は
・柿バナナのスムージー
・長いも豆乳豆腐のスープ

までは良かったのですが、



どうしても台湾で買ってきた緑豆のぜんざいが作りたくなって、



そして、それのトッピングに、
冷凍庫で眠っていた韓国の団子(うす塩味の団子の中に何か入っている)を入れたので、

結局、黒糖と塩分を摂取した形になりました…



そこでちゃんとした塩抜きは終了。




で、自分のお財布にはもう何も入っていないので、
父にカンパを募り、

再びJAへ 笑

大量の柿、りんご、カンダバー(島野菜)、ロメインレタス、バジル

を買いました。


今年は、沖縄には大した台風は来ませんでしたが、
本州の方は当たり年だったせいで、

野菜が高い…


ちっさいキャベツ1玉500円弱って、誰が買うねん。

セレブじゃないんだぞーーー!!!!



こればっかりは仕方ないけどね、ゆるゆるベジタリアンにはちょっと痛いかな。



なので、野菜はあんまり手が出ないけど、
柿はちょっと柔らかくなって安くなってるやつも含め結構買った。

そして帰ってすぐ皮剥いてカットして冷凍した♥





で、夕ご飯調理。


・サツマイモと玉ねぎと五穀のスープ
・豆腐ハンバーグにえのきの和風あんかけ

で、家族の夕食としました。

写真ないけど。



サツマイモのスープのほうは、

自分で好きに調味してねって味付けなしで出したんですが、
意外にも両親は気に入ってくれて、おかわりしてくれた( *´艸`)


ハンバーグのほうは、

卵+野菜(たまねぎ、麩、生姜、切干大根、干ししいたけを刻んだもの)を豆腐と混ぜ、
小麦粉でつないで作ったんですが、
分量テキトーに作ったせいでゆるく、焼いてほろほろのそぼろのようになった感じ笑

でも気に入ってもらえた。


ただあんかけはCOOKPADのレシピ通りに作ったのに、
味が濃い…
(こればっかりは何回か試さないとだめね)

せっかく塩抜きしたのになーってちょっと残念でした。




夜は夜で、
買ってきたカンダバーとレタスでお弁当用おかずづくり。

味濃いめのものを味見しすぎて、胃がもたれる。




ちなみに…
今日のお弁当(これ+柿のヨーグルトがけ)

先週金曜のお弁当

詰め込みすぎだ、っていうね。


自分で作るようになってから、
品数も量も増えてしまっていて、
結局食べられずに持ち帰ることが多いんだよね…


-----------------――――――――


さて、話を戻して塩抜きの効果たるやいかに。


土曜日の朝はかって、
今日月曜の朝もはかって比較してみたんですが、

約1.8キロ減だったかな。


結局量は結構食べたのに、体重はさらっと減ってました~~!!!


それ以上に、やっぱり
むくみが減った感じがうれしいです。




上でも書いたけど、
塩抜き中は(わたしの場合水もそんなに飲んでないのに)トイレが近くなって。

いやその前から、
よもぎ蒸しのときも
「あれ?さっきも行ったのに…」ってなったし、

もっと言えば先月末ファスティングを始めたくらいから、
食べてもないのにトイレによく行くようになり、
台湾でもそうだし、
帰ってきて普通の生活しててもそうなんだよね。


秋になって気温がすこーしだけ低くなってきたからっていうのもあると思うんだけど、


デトックスしようと身体が頑張ってるのかな?って、
ちょっと期待しているruでした。



あ、塩抜き、最初はどうやって味付けしようとかまずいんじゃないかとか戸惑うかもしれないけど、
一食とか一日ぐらいからハードル低めに始めてみるといいと思います。

案外塩分なしでも旨みがあれば美味しいものだよー。


ご飯食べてるのに、
するする体重落ちてびっくりするよ。


良かったら試してみてね(*‘ω‘ *)




2016年11月18日金曜日

ゆるゆるベジタリアンに私はなる!!!!野菜料理を作るのにテンションあがってる話



今一番ハマってるのは、料理。


一日の結構な時間を、「何作ろうかなぁ♪」と考えて過ごしている。
COOKPADめっちゃ見てる。

(仕事しろ)



前から料理は嫌いじゃなかったんだけど、

母が料理を頑張り始めたと感じていたので、
逆にわたしはやらないほうがいいかなぁと感じていた。



実は母はわたしのお弁当も作っててくれてたんだけど、
それは父のお弁当のついで、という体で、

もちろんそれは有難いことなんだけれど、


父はお肉を強く希望するので、
お肉とお魚と卵などの動物性たんぱく質が8割と、
結構強めに加熱された野菜がちょびっと…という感じだったので、

わたし的には
「今日も野菜がない…動物のにほいがする…」と思ってた。



不満なら自分で作れや、というのもまっとうなご意見かと思うのですが、



「せっかく作ってくれてるのに。
肉は嫌だ、食べられないなんて、相手の嗜好を否定するようなこと言っちゃだめだ」
と、本気で思ってたのですね。

(怠け者のいいわけじゃないよ?ほんとだよ?(;・∀・))


弁当も夜ごはんも自分で自分の好みにあったご飯作りたいなぁ…っていう気持ちがありつつ、
「でもそんなこと言えない」
って、しばらく2週間ぐらい本気で葛藤していた 笑



でも、

「わたしファスティングやりますから!
準備食も回復食も特殊になるから、わたしのごはんは考えなくていいからね!」
と宣言したことをきっかけに、


なんとなく、

「家族と違う食事をしてもいい」という気持ちにわたしの中で変化が起きたらしい。



ru「お母さん、わたし、あした自分でお弁当作ってみよっかな」

母「どうぞ~」

からの、


ru「お母さん、あしたも自分で作るからわたしの分はいいよ」

母「OK~、っていうかずっと自分で作ったらいいのに」

ru「え!いいの?」

母「あんたが食べない分、お父さんの朝ごはんにまわせるから助かるし」

ru「お母さんがせっかく作ってくれるから、自分で作らないほうがいいかなってちょっと気つかってたのに」

母「あんた馬鹿じゃないの、そんな気の使い方ある?いい年して自分で弁当ぐらい作りなさい、花嫁修業と思ったらお母さん止められるわけないでしょ」

ru「いや、ほんとに気使ってたのに…」

母「だからあんた馬鹿じゃないの(以下略)」



わたしが馬鹿だったらしいです。



娘が自分の作ったご飯を食べなくなったら、
淋しい思いをさせてしまうんじゃないか…という気づかいは、
「あんた馬鹿じゃないの」で無に帰しました。


うちの母はちっとも淋しくなさそうでした。




…わたしそういうとこあるんだよな。


無駄無駄無意味な遠慮と気遣い。




でもやっほーーーーい!

もう誰にも気兼ねなく自分で自分の食べたいもの作って食べられるぜぇ~~



この喜びはきっと誰にも理解してもらえまい、

それくらいわたしは今喜んでいるのです。




それから~

図書館で、お粥とかローフードとか台湾とかいろいろもろもろの、
身体に優しそうでベジタリアン仕様のレシピブックを借り、

ネットでCOOKPADのレシピや、
菜食(って言ってもいろんなレベルがあるんですけどね)の人のblogなどを読みあさり、

「vege dining 野菜のごはん」 ←このblogすばらしいです~
今は引っ越しされてますが、旧のデザインが好みなもので、旧blogのほうのリンク貼ってます。


喜々としてスーパーに行って、
野菜や乾物や豆乳やスパイスや調味料や穀物などを買い、

夜な夜な次の日の弁当のためのおかずを作っているのです。
(ストックなので、しばらく同じメニューが続きますが。)


一日目。
食べかけで失礼します。
・さつまいもとかぼちゃのポタージュ、
・車麩を甘辛く煮て肉に見立てたもの、
・沖縄の島野菜 カンダバーを豆腐と味噌であえたもの
・わかめのナムル風(ごま油で炒めて塩したもの)
・柿

二日目。
・車麩
・わかめ
・柿
・マッシュドさつまいも(+玉ねぎときゅうりのみじん切り)
・するめいか(げそ)をニンニクとオリーブオイルで炒めたもの
・きのこ(しょうゆ…和風味付け)
・おくらととろろと生姜の簡単スープ


三日目。てか今日。
・車麩
・わかめ
・マッシュドさつまいも
・するめいかげそ
・きのこ
・人参としらたきのチャプチェもどき
・ゴーヤーチャンプルー(母が作ったものの残り)
・りんごの豆乳ヨーグルトがけ
・小豆とか他の豆とかいろいろのミックスパウダー(間食用。台湾で買ったもの。甘い)




すごい楽しいです。




ちなみにですね、
ベジタリアンや菜食といっても結構細分化できるのですよ。

ご存じですか?


肉(牛肉、豚肉、鶏肉)、
海鮮類、
卵、
乳製品、
蜂蜜、

などの中でどれを食べてどれを食べないか、

もしくはフルーツと葉野菜だけでいくか、


きのこを食べるかどうか、

五葷(ごくん)…にら、ねぎ、にんにく、らっきょう、あさつきを食べるか←台湾の素食

加熱推奨か、
非加熱推奨か、

肉OKだけど陰陽や五行にのっとった調理法をを選ぶか、

添加物や農薬についてはどう考えるか、

砂糖や塩の摂取について重視するか、



そしてまた、食べ物以外でも革製品の利用を是とするかどうか。



いろんな考え方があって、

思想や生き方としてベジタリアンを選ぶ人、
ダイエットや健康美容のためにそれを選ぶ人、

立場もめっちゃいろいろあるわけですよ。




で、わたしの場合は、

①なるべく動物性のものの摂取を避けたい。
(でもお付き合いも含め、食べたいときにはOK)

②なるべく農薬や添加物を避けたい。
(なるべく自然な方法で作られたものを。成分表はチェック。でもこだわりすぎない。)

③美味しく食べたい。
(世界中の、様々な調理法や組み合わせや味付けに挑戦し、バラエティ豊かに。)

④なるべくそのものを丸ごと活かした形で、
酵素やほかの栄養素も生きた状態で取り入れたい。
(生でいけるものは生で。)

⑤無理なく続けたい。


というのがモットーで、
方法論はどれでもいいやっていう感じです。


ていうかわたしの中では⑤が一番大事かも。


過去にマクロビのカフェに行ったことが2、3回あるんだけど、
なんかお店やそこで働いている人やお客さんの雰囲気が「いかにも」って感じで、
ガッチガチに硬く見えて、
ご飯もあんまり美味しく感じられなかったから…

それで、
「ベジっていうとああなるんなら、わたし不健康でもいいや。インスタントラーメン好きだし、それでもいいや」って、逆に振れてしまった経験があって。



そうはなりたくないんです。



わたしは、雰囲気的には、
台湾の素食のレストランやインド料理屋さんとかの、
がっつりかつゆるい感じが好きで、

精進料理の、素朴かつ繊細な神経行き届いた調理法と盛り付けが好きで

納豆や味噌やキムチなどの発酵食品が好きで、

野菜が好きで、

果物が容易に手に入る(特にコストね…)環境なら、
夏場ならフルータリアンになりたいくらいなんだけど、



でも何かにがっちり枠にハマるのは嫌いで。笑




視野が狭くなってる感じの人が作った「健康にいい」ご飯よりも、


何十年も家族のためにご飯作ってるオバーが、
「お腹すいたでしょ、たくさん食べなさい」って出してくれるご飯を食べたいのだ。
たとえ豚肉とだしの素がいっぱい入っててもな。

そして「美味しい(*´▽`*)」って言いたいのだ。
全力でな。




まあともかく、

日本でベジタリアンやってくのは大変だぁ~というのは、
おそらくすべての菜食を好む人たちが思うことで、
厳格にやろうとするとかなーーーーり高めのハードルなんですけど、


とりあえず今!

わたしは!!!


好きなものを自分で作って食べられるという自由を噛みしめている!!!!!!




「おまえ馬鹿じゃないか」!!!!!!!!


見当違いもいいところだ!!!!!!



ありがとう母!!!!!!!!!




しばらくあなたの娘は

放浪ゆるベジ娘となります、悪しからず!!!!!やっほい★







2016年11月15日火曜日

不安になるだけならニュースなんか見なくていい&宇多田インタビュー



スーパームーンですね。


沖縄では、さっきまでフルムーンがクリアによく見えました。

さっきまで、というのは、
22:52の数分(秒?)前から厚い雲の後ろに月が隠れてしまい、
いきなり雨が降り出し、
現在も雲隠れな状態だからです 笑


でも、いい空気です。


どきどきする、強いエネルギーな感じ。




さて、世の中では、

新しいアメリカ大統領が決まり、
日本では天皇陛下が生前退位なさるかどうかの議論が活発化し、
韓国では大統領の不祥事(?よくわかんない)で若者の百万規模のデモが起き、
ISによるパリ襲撃事件から一年が経った。



ニュースを見ていると、心がざわざわします。



正直言って、
ruは時事にものすごく疎いです。


世界で大きな地震が起きたのも、
就任したばかりの小池東京都知事がたたかれてたのも、
ポケモンGOが世界的に大流行してたのも、

人よりもだいぶだいぶだいぶ遅れて知りました。

(母親と弟には、「あんた今知ったの…」と毎回言われるので、最近はスマホトップのニュースをたまに見る)

(ポケモンGOが流行っているということを知ったその日、職場で「モンスターポケットで捕まえるゲーム流行ってるらしいね!!!」と言って、みんなの失笑を買ったのはわたしです)



疎い女です。


時流に乗れない女です。




でもわたしなりに理由があるの。



ruは、高校生のときはジャーナリストに憧れてた。
世界の貧困や戦争の状況を知ってとっても衝撃を受けたから、
それを見て伝える仕事をしたいと思った。

(アナン国務長官に憧れて、国連で働きたいって思ってた瞬間もあったね…)


知ることは力で、
伝えることも力だと思ってた。


世界に対してアンテナを立てて、
何はできなくてもなるべく多くを知って、役に立てるようにしたいと思ってた。




でも今は違う。


「何もできなくて不安になるだけなら、知らないほうがまし」

それがわたしの立場です。



そうなるまでにいくつかのプロセスを通った。



①「わたしは無力だ。人を助けることなんかできない。人を変えることなんかできない」

これは、自分が共依存にはまったときに、痛いほど思い知った。
振り子が行きすぎな面もあったけど、すごくいい学びになったと思う。



②「すべてはエネルギー」

穏やかな、幸福感溢れる現実を創造したいなら、今そのエネルギーに自分がならないといけない。
幸福な未来を手に入れるために荒々しいエネルギーを今発するなんて、完全に間違っている。
逆だしギャグです。



③「わたしたちは繋がっている」

たとえそう見えなくても。
悲しいなら、悔しいなら、怖いなら、そういう現実をもう見たくないなら。
今ここにいるわたしが、存在する「ネガティブ」をもすべて受け入れて、変化する。
それが変化の一端を担う唯一のやり方。





①②③すべて繋がっている。

多くのひとは、不安に煽られて自分に必要な情報も不要な情報も選別する余裕もないまま、
ただかき集めて取り込もうとする。

そして、「これからの日本は大丈夫なんだろうか」
「アメリカは」「韓国は」「自国の安全を守るためには武力も/移民規制が(以下略)」とか言い出す。


大丈夫かは分かりませんよ。



でも、あなたが今不安のエネルギーを出すと、
さらに未来に不安を創り出しますけどいいんですか?



大丈夫かは分かりませんよ。



でも、待ってても誰も大丈夫になんかしてくれませんよ。



トランプさんでもクリントンさんでも、
彼らは彼らじゃないですか。

彼らは彼らの目的に沿って意図して生きていくだけじゃないですか。


いつか非の打ちどころがない人格者が颯爽と現れて、
世界のリーダーとして君臨してくれる日を待ち続けるんですか。


たぶん永遠にそんな日きませんよ。

わたしたち、その日が来る前に確実に死にますよ。



わたしたちはわたしたちで、
何も待たずに、
できることだけやっていくしかないんじゃないですか。


いや、

悲惨なニュース見て、
やるべきことを具体的に考えて行動に落とし込める人はいいんです。


ただ感情の渦に飲み込まれるんじゃなくて、
自分とつながって落ち着いた判断ができる人は、知ることを役立てることができますよね。



でも、

不安になるだけなら、
ニュース見なくていいんじゃないの?

だって、あなた不安になるだけで何もできないんでしょ。



じゃあ、
美味しいもの食べて、
好きな人と話して、
コンビニで「ありがとう」って笑顔でお釣り受け取って、

そんな感じで生活してるほうが、いくらか貢献できるんじゃないんですか。




わたしは、
たとえばニュースでテロの緊急速報が入ってきたとき、
現場で呆然としてる女の人が一言を話すタイミングで、
もう泣いてしまう。

ワンカットでKOされる。

その後しばらく、重たいエネルギーに引きずられてかき乱される。


だから、わたしにとっては意味がないことだと判断しました。




世界中で、いろんなことが起きてる。


たくさんの人が傷ついて泣いたりしてる。

もちろん喜んでる人もいる。



でも、わたしには関係ない。



わたしには何もできないし、
わたしにできることだけをちゃんとやっていくために、

わたしは「すべて」を知ることを捨てたい。


もっとちゃんと自分を整えていきたい。





誰が悪いとかもうやめようよ。






宇多田ヒカル「真夏の通り雨 Interview & Music」 2016【HD】



宇多田ヒカル「真夏の通り雨 Interview Part2」 2016【10月20日】


News ZEROより 笑

短くてそこまでコアなインタビューじゃないけど、面白かった。


彼女、穏やかさと安定感が増して、
音楽だけじゃなくて社会への影響力を持つ人になってる。



海外のセレブやアーティストは、
政治や社会的なことについてはっきり自分の意見を口にする。

それを見てるファンも、
「それはおまえの仕事じゃない、黙ってろ」なんて絶対言わない。


日本の有名人は、

たとえば原発について、
たとえば沖縄の基地について、
たとえば環境汚染について、
たとえば待機児童の問題について、
たとえば日本の過剰包装の問題について、

ほぼ100%が何も言わない。

アイドルなら100%何も言わない。

事務所が言わせない…?


視聴者が、スポンサーが、
「いやいやいや、あんたの仕事はキャラを演じて笑ってることだから。見てる人の妄想を満たしてくれたらいいから、しゃしゃるな」
って言うからかな?



現実と夢を結び付けて何かを伝えようとする人、
忌野清志郎とか桜井さんとか、
アーティストや俳優さん、芸人さんにもちょっとはいるかもだけど、


その中でも、宇多田はど真ん中メジャーな人で若いし、
かつ日本のど真ん中からははずれてて、もうそれをたたかれる時期も過ぎてるから、
今後は大きくなるだけ…って思う。

本人がそれを望むかわからんけど、


ふつーに力を行使してほしい。



楽しみ。



好きです。


好きです~~笑





2016年11月14日月曜日

定期的に見に来てくれるあなた、どんな方ですか?



いまだに、
「ちきゅうはじっけんしつ パーソナルデザイン」とかで検索してくださる方がいるんですが、

ごめんなさい、

ご期待には沿えないかと思います。



もともとね、わたし、もっとメンタルなこと書きたかったのよね。


セクシュアリティとか、恋愛とか、
自分であるとはとか、
スピリチュアリティとかそういうこと。


そのことを書くための一つの表現が、
PDとか骨格とか似合うお洋服のことだったのです。

反応も良かったしさ。



でも、他人のふんどしで相撲取ってたらあきませんな。

結局そういうことだ、と思いました。




なんで、以前のようにそれらについて書くことはないと思います。

お洋服については書くかもしれないけど。
(って言っても別にわたしお洒落なひとじゃないので、それもおこがましいというかちょっと恥ずかしいんですけど)



結局、

blogをクローズしている間に思ったのは、
他人がどう感じるにしろわたしが後ろめたく感じることは全部手放したい、ってことでした。

リアルでももちろんそうです。


人にいい顔するエネルギーがあるなら、
自分のために使いたい。

どうせ、責任を取るのは自分だから。


「あなたが●●って言ったからわたしは□□したのに」
っていうのは、ものすごく惨めじゃないですか。


やりたいことをやって、言いたいことを言って、
しかも自分が責任を取れる範囲で、取りたいと思える範囲で、
ゼロからスタートしたいって思いました。



そうしてPD・PC・骨格などのファッション関連記事を閉じた今、
アクセスは大幅に減ったけれども、

定期的に立ち寄ってくださる方がいるんだなぁと感じていて、
それが前よりずっとうれしいんですよね。


ほっとするというか、身の丈というか 笑



どんな方たちが、
わたしのだらーっとした記事を読みにきてくれているんだろう?
と思うと、なんだか親近感を感じたり。


どんな方ですか?笑




気合は入らなくなったし、
なるべく力は抜いて書ける文章を書いていきたいと思っているので、
お役立ち記事は99.9%書けないと思うのですが、

良かったらどうぞまた見に来てください。



ゆるーく、ゆるーく、繋がっていけたら嬉しいです。



ruでした。










2016年11月13日日曜日

美しさと自意識



美しいものは静かだと書いた。


静かというのは、
自意識が静かということ。



たとえばアップテンポな音楽でも、
たくさんの色が使われた絵画でも、
大きな声で笑う子供も、

静かなものは静か。


美しいものは静か。



逆に、

ミニマリストの部屋でも、

一見削ぎ落としたようなデザインでも、

白黒八ミリの映画であっても、



うるさくてうるさくてたまらないものもある。


エネルギーがぶつかってくる。




私を見て。

私すごいでしょう。

or

私って駄目なの、他人とは違って特別に駄目なの。




わかったわかった、

わかったからもう黙れ。



そういう気分にさせられる表現もある。




といっても笑えないのは、
自分自身がそういう態度のときがあると自覚しているから。

ふとした瞬間に正気に戻って、

「げ、今わたしうるさくなかった?」って青ざめる。


しかもしばしば。


ガチャガチャ食器を洗ったり、
これからやらないといけないこととか不安なこととかに意識を奪われてトイレのドアを乱暴に閉めてしまったり、
味わいもせずに食事を終えてしまったりして、

「げ」と思う。



また、人の顔色を伺って思ってもないことを言ったり、
面白くもないのに笑ってみたり、

そういうときも「あーあ」と思う。


とにかく心が浮ついたとき、
自分自身の落ち着きの中から離れたとき、
人はうるさい。



黙っていても、うるさい。



傲慢な人がうるさく感じられるのは分かりやすいけど、
卑屈な人(謙虚な人、いい人に見られたい人)も同じくらいにうるさい。

個性を出そうという努力も、
新しいものを自分で生み出そうという創意工夫もうるさい。


同類。




自意識というのは、非常に扱いづらい。


わたしたちがエレガントであることを、
素朴でシンプルであることを阻む。


ただ在ることができるなら、それだけで美の高みに到達できるのに。




自然は美しい。


伝統も、多くが美しい。

民族衣装は美しい。


職人さんは美しい。

職人さんの働く姿は美しい。

作業服は美しい。


祈りは美しい。

祈る人、祈る姿が美しい。



そこに、誰もいなくなったとき美しい。


無我の境地。



生命があるがままに在るとき美しい。








…そんな境地知らんけど


ごめんなさい、偉そうに言って




2016年11月11日金曜日

好みに埋め込まれたヒントを無視しない



今回、台北の故宮博物館で購入した絵。

My favoriteです…


プラムの木の枝にとまる二羽のムクドリ。
つがいに見えます。

とても穏やかで力が抜けていてエレガントだと感じました。



わたしの望む人生の象徴、と思います。

目指すところです。


(画像はhttps://www.npm.gov.tw/exh100/treasures/en/img7_2.htmlからお借りしました)

英語での説明はこちらで見られます★






わたしは絵や美術品(装飾品)がすきで、


その中でも、

台湾や中国のにじむような墨絵、
柳 宗悦に代表される民藝運動の中心となった韓国の日用品である器、
素朴、もしくは優美な仏の像、
イスラム建築の造形やそれに多用されるブルー

にとても惹かれます。



↑これはわたしの机の前に貼られている子たち。



画家なら、

クレーやシャガール、ジョージア・オキーフが好き。


詩人なら、

谷川俊太郎。


作家なら、

よしもとばなな。




どう見ても偏ってますね…


ふわふわしてますね (;^_^A




なんだけれども、そういう好みにも何か意味があるのかなって気がしています。

自分の人生のヒントになるようなことが、
実はきっちり埋め込まれているんじゃないかなぁということです。




たとえば土地について言うと、

わたしは旅行が好きですし、
チャンスがあれば世界中どこにでも行きたいと思っていますが、
その中でもより強く惹かれる土地があります。

そしてあまりご縁を感じない土地も。


わたしにとって、
中南米や中・南アフリカや北欧などの土地は、
とても遠い感じがします。



それに対して、

ご近所である東アジアや東南アジア、
また中東、北アフリカ、ケルトなどの地域も身近に感じます。

ヨーロッパの中でもスペインは惹かれます。


オスマントルコ、ペルシャ帝国に支配されていた土地、
イスラム文化圏、
シルクロードに強く影響された地域…

それがわたしの惹かれる場所だと感じます。
(ハワイやインドではないのだなぁ…もちろん行きたいけど)


でもわたしがそう感じているというだけで、現実ではなんの繋がりもないのに不思議です。



わたしの目には、
イスラム文化圏の女性たちの人生は困難に満ちているように見えますが、
そして決して憧れませんが、

それでもなぜか目以外を隠すあのスタイルに親しみを覚えるのです。





きっとそれぞれの人にそういう不思議な嗜好はありますよね?

そういうのって、
実は何かの意味を含んでいるように感じます。





さて、わたしは最近ようやく「エレガント」を感じ取れるようになってきました。

シンプルでエレガント。


美しいものは、すべて静かです。


過不足なく、落ち着いている。




好みのジャンルの方向性と、その深度、純度。

自分自身が心地よく感じられるところはどこなのか、
自覚していることが大事だと思います。




2016年11月10日木曜日

a part of me



もはや、Jのことを考えても、胸が痛まなくなってきた。



それは、「彼を想うわたし」が、
あまりにも自然なことになっているから。


夢にも出てこないし、

想い出して泣くこともない。




ふつうに、いつでも、彼が自分の中にいる。



それに抵抗しなければ、
少しも苦しくないものだと知った。


彼が別の人と一緒にいるとしても、わたしには関係がない。




わたしにとって彼への想いは、

雨の日に快適なベッドの上で音楽を聴きながら読書をする、
みたいなことで。


ただの好み。


静かな気持ちよさを感じる。



わざわざ、今それをしていないから不幸だとは考えない。



1日24時間の中で、
彼のことを想い出す瞬間が数秒しかなくても、
いつだって存在している。




こういう経験は、初めて。




前は、いつまでこんなのが続くんだろう?って頭で考えて苦しんでいたけど、


早く忘れないと時間の無駄だし、
可能性のない恋愛のために新しい出会いを見逃すなんて嫌、
わたしばっかり損したくない、
と思っていたけど、


その気持ちがもはやわたしの一部になり、
空気のようになり、
あえて強く意識せずとも存在し続けていることを知り、

今やそれが自然。



そしてまたいつか新しい出会いがあるとすれば、
完璧なタイミングで新しいエネルギーに刷新されるはずだから。





おもしろいなぁ。



わたし、彼を待っているの?




わたし、一途な女?


それとも、情念の女?笑





なんでもいい。




おもしろいなぁ、こういうのもありなんだね。







相手があなたのことを好きだからあなたも相手を好きなのか?



行って帰ってきました!台湾!


四泊五日でしたが、
もっともっとずっと長く感じられた旅でした。

やっぱり、現地の子がガイドしてくれると違うね。


すごく楽しかった。



楽しくない時間も含めて、楽しかった。



やっぱり、わたしは旅が好きだし、
海外を歩いているととても元気なります。

生きてる、って気分になる。


朝も早く起きれる。


自然の中とか活気あふれるマーケットとか、あとはアート。


それが核になる時間の使い方だとうれしい。




わたしは中国語が話せないので、
基本ずっと英語でコミュニケーションしていましたが、

韓国に行くと韓国語勉強したくなるし、

台湾行くと中国語話せたらなぁと思う。



中国語なんてハードル高すぎて絶対ムリ!!!って、
前まで台湾人の友人がいてもシャットダウンしてましたが、
ちょっと興味そそられました。


まあまずは英語もっと上達して、
韓国語の簡単なセンテンスと発音を覚えて、

それからだね、中国語。




台湾にはPCを持って行かなかったし、
wifiもレンタルせず、
現地でガイドしてくれた友人のwifiを使わせてもらうくらいだったので、
ほぼネットもせず。

でも何か書きたい気持ちが募って。


わたしにとっては、「書く」は趣味だなぁと感じた。






そしてこの台湾STAYでは、
自分の甘えや計算や軸のなさに気づかされる瞬間もたくさんあって、
それはいつも通り。

「この事はわたしにとってどういう意味を持つのだろう」って自分を見つめる。



以前、

わたしのために国を捨ててほしい の記事の中で、

好きな人に対して、
彼が今までに受けてきた教育や文化からの縛りを一度すべて捨ててほしいと感じたと書いた。


わたしも余分なものを捨てる覚悟をする、

でも、その中身は彼とは違うところにあると思う、と書いた。




わたしの課題は、どこまで行っても


「自分軸のなさ」だ。

「依存体質」だ。


「シンプルにYES/NOと言えないところ」だし、

「自分自身の望みよりも周囲の反応を気にするところ」だ。




「Do you wanna do this?」

「Do you wanna try this?」

「Do you wanna go there?」


そんな質問をたくさんされて、決定権はすべてわたしにある。


でも、別に興味がないことにYesを言ったこともたくさんあって、

なんでわたしこれ食べてんだろう…
買っちゃったんだろう…
行くって言っちゃったんだろう…

ってぼんやり思った瞬間もたくさんあった。


それで、そのあとで

「あたし最初お腹いっぱいだからNOって言ったのに、そっちが薦めるから買ったんだからそっちも食べてよ」 ←自分自身から離れたストレスを、人にぶつけるという反応…
「嫌なら断れたはずだろ、要らないならただ捨てればいいじゃん」
「何それ、ほとんど食べてないのにもったいない。一口でもいいから食べてよ」
「僕は要らない」
「はあ?」

みたいなやりとりを友人として、ちょっと険悪になったことも。



そうなんだよ。



嫌なら断ればよかったんだよね、わたしが!

って、自分にがっかりしたり。






あとは、


なんだろう、自分のいやらしさに気づいたり。



わたしは、友人関係に対して「打算」を持ち込んではいないか?
って気づかされた。


打算っていうのは…

「優しくしてくれるから好き」とかも含めてです。



単純に、

フィーリングが合う、
リスペクトしてる、
ただただ好き、
同じ種類の人間でしっくりくるから…


とかならいいんだけど、


実はしっくりきてないのに、
親切にしてくれるから一緒にいる、っていうのは駄目だなって思った。

過去を振り返って、
自分の選択の動機をクリアに見ると、
そういうのが確かにあった。



求めているものに近いから、
っていうのも妥協に他ならないと思う。


求めていたものとは違うけど、
すごくしっくりくるんなら、それは素晴らしい出会い。


前は一緒にいて楽しかったし非常にuseful(ひどい表現)だったけど、
今は状況や環境や感じ方が違うなら、
それはタイミングが違うという話になると思う。



今、この瞬間に、しっくりくるか。



相手があなたのことを好きで、優しくしてくれるから、あなたも相手が好きなのか?



もしそうだとしたら、

本当は相手もあなたのことを別に好きではない可能性が高い。



本当はたぶん全てが両想いなんだ。

タイミングっていう意味では。



道が離れて行く瞬間は二人に同時に訪れる。




――――――――――――――――――――


…えーっと、

徒然書いてて旅の記録とは大きく離れてしまいましたが、
こういうことを考える機会を与えられた四泊五日だったということです。


ぶつ切れになって申し訳ないですけど、
眠いのでもう寝ます。


それではおやすみなさい。










2016年11月5日土曜日

四泊五日で台湾いってきます



あしたから台湾行ってきます!


あと4時間後には家を出なくちゃいけないのに、
なんでPC開いてるんだかわかりませんが…


ソウルでの買い物記録もつけると言ったままつけておらず、

ファスティングも、
いろいろ記録に残しておこうと思っていたのに手をつけないまま…


最近は、
ファスティングの影響でか、眠くてね。
そしてだるーくて。

PC開く気にならんかったのです。


ちなみに今もまぶたが半分閉じてますが、なぜか気合だ。



帰ってきたら、
台湾DAYSの記録をつけられるでしょうか。
それとも、またしても追憶の果てへとおいやられるのか?

(既にあんまりやる気なし)



それじゃあ、とりとめもない内容でたいへん申し訳ないが、
もう寝ます。


おやすみなさい。