2017年5月1日月曜日

「モトを取る」思考



バイキングに行ったり、
バイキングレストランの話題になったとき、
結構な確率で誰かの口から出る「元を取る」という言葉。


すごく違和感がある。


なんか、豊かじゃないよね。





相手の方が、
「わたし●●が大好きなの、それだけ食べられたら幸せ」
というので、

ruは「じゃあ、しょっちゅう買って食べたらいいですよ」と言った。

彼女「でも高いからそんなには買えない」

ru「高いっていっても、1000円もしないんじゃないですか。1000円で確実に幸せになれるんだったら全然高くないと思います」

彼女「んー…。でもわたしバイキングでもそればっかり食べてたいくらい好きなの。でもそればっかり食べてると、周りに元取れないよって言われるから別の食べるようにしてるけど笑」



………。




えーーーーーー笑



それって、えーと。


なんか不思議なことおっしゃってませんか?ね?






元を取る、という思考の残念なところは、二つあると思う。


①モトを取る(払った金額以上のものを消費、獲得する)ことが優先課題となるため、それ以外の喜びや満足が後回しにされる。
ex)好きな物を選ぶ、ほどほどでやめる→身体が軽い状態で次に移れる


②コストを意識してはいるが、それが単純な物の値段にしかむいていない。
他のサービス(新鮮に保つ努力、盛り付けなどのワザ、スタッフの気遣い、場所の雰囲気づくり)などは、コストに反映されないことになっている。

そのため、それらを感謝して受け取れない



「元を取りたい」という考え方は
どちらかというと、「損をしたくない」の「損」にフォーカスしている。

わたしが出したものに対して、きちっとした分量で見返りがあるか?
とずっと見張っている感じ。

あと、相手に「得」をさせたくない、もあるね。(なんでや)




そして食事中ずっと原価計算。笑



それは辛い。笑



当人も辛いだろうし、
今となっては同席しているわたしだって辛いぞ。
楽しめないぞ。

(前はわたしも同じような思考だったので、違和感も感じてませんでした)
(今はその思考のかけらを見つけてはポイっとする日々です)



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身内が、
テレビ観てて、旅館や食事の値段が出てきたりすると、
しょっちゅう「たっかっ」って言うのね。
「庶民はこんなに出せないよねえ」って。

(いや、ランチ懐石フルコース、高級っていっても一万五千円なら経験しようと思えば全然できるやん、なんだ♥って思ってたんですけどわたしは。と言いたい笑)



わたしだって値段は目に入るけど、
それよりも綺麗なインテリアとか盛り付けとかおもてなしの感じや言葉遣いとか、
どんな人がどんな風に利用するんだろうとか、そっちを見たり想像する。


そんで、たいていの場合は、
「値段に見合ったクオリティだなあ(すげえ)」と感じるし、
「そう感じる人が気持ちよくお金を出してサービスを受けるんだなあ、その人たちにとっては高くはないんだなあ」と思うし、

逆に自分が高いと思ったものについては、
「提供者は自分(の提供するもの)に自信があるんだなあ、自己肯定感の高さを学ぼう」とか、
「好みは人それぞれ、ちゃんとマーケットはあるんだなあ」と逆にほっとする気持ちにもなったりする。



でも第一に「たっかっ」が口をついて出てきて、
値段への感想ばかりが出てくるということは、
その人にとっては金額が一番大事なんだなあと思う。




コスパにこだわる、

それが悪いわけじゃないけれど、
他にもっと興味あることないのかなあとは思う。



まあ、お金よりも名誉(見栄)が大事、
ってなってきてもそれはそれで縛りになるから、
あんまり優先すべき何かを持たないほうがいいのかもしれない。




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感想や質問は、それ自体がその人の頭の中を表すから、
ちょっと怖いことだよね。

どこにこだわってるかが透けて見える。



ruの場合だと、
前はそれが怖かったけど、今は「見られてもいいや、どうしようもないのがばれるだけだ」と、ある意味開き直ったというか、別にあんまり気にならなくなってますが。


見てくれや、って感じです 笑




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