2017年5月4日木曜日

苦痛は気持ちいい



人は何よりも退屈を恐れてるんじゃないかと思う。


退屈よりは、
苦しかったり辛いほうがいい。


「喜怒哀楽」
人間の感情はすべて「憎悪」である、
という言葉には納得できる気がする。






わたしが19歳で共依存の恋愛に苦しんでいるとき、わたしはいつでも相手のことを考えていて、毎日泣いていた。

友人に「なんでその人がいいの」と言われた。
わたしは答えられなかった。

その友人は「わたしは追いかけるより追いかけられたいな。愛されたいな」と言った。
「世の中には、もっといい人いっぱいいるよ。普通の恋愛だってできるよ」と言った。

わたしは…
「いやだつまらない」と思った。


そう思った自分に焦った。


「普通の穏やかな恋愛なんて恋愛じゃない。退屈だ。わたしはもっといつでもどきどきして感情のジェットコースターを味わっていたい。それが恋愛だ。わたしは普通の恋愛なんかに興味はない」
という不都合な真実に気づいてしまった。


そして慌てて、なかったことにした。

(だって自作自演なんて認めたら興醒めだからね)

【参考】罪悪感は世界一意味ない ←罪悪感なんてもう最高に気持ちいい笑




わたしは、確実に酔っていた。


恋愛中は世界が色づいて見えるとか言うけれど、
わたしはそれに加えて、
より強烈に「自分は世界の主人公である」という感覚を必要としていた。

人と比べて特別意識もあっただろう。
(決して羨ましがられてはいなかったと思うが、そんなの関係ねぇ)



共依存の恋愛は、超刺激的だ。

苦しくて苦しくてしょうがなくて、甘美だ。


苦しくて痛くてしょうがないから死んでもいいとすら思うんだけれど、
まあ結局死なないよね。
お楽しみなんだもの。

お楽しみで死ぬのも盛り上がりはするけど、
もし一線を越えたら「あっちゃー」だ。
慌てる。
「いやいやいや、寸止めっしょ、そこは」笑






だから、やっぱり苦しみは気持ちいいのだ。

麻薬だ。
強烈に自分を「ヒロイン」にしてくれる。

自分を特別に感じさせてくれる。


というか「自分」を強烈に感じさせてくれる。

「自分」の存在を、世界から浮き上がらせてくれる。


それがめちゃくちゃ快感なのだ。




穏やかに、何も起こらないなんて何?って感じだ。

つまらない。
「自分」がここにあるのかないのか分からないじゃないか。


喜びだって、
楽しみだって、
本当は「苦」の一種だ。

麻薬だ。

(だから「首しめて」とか言っちゃうんだYO笑)
【参考】性癖って、コントじゃん?




退屈から出ていきたいのだ。

「時間の無駄」だといつでも頭は言う。



刺激がほしいの。ちょうだい。




「わたし」はいつでも何かになりたがる。


気持ちいいから。
理由はそれだけ。

「生きていると感じる」と人は言う。


でも、それは麻薬使用後の高揚じゃないだろうか。


麻薬が切れると、
もしくは慣れて効かなくなってくると、
また同じ退屈の中に戻ってきてしまう。


そしてまた刺激を欲する。

もっと強烈な刺激を。



別に「喜怒哀楽」どれでもいいのだ。
「悲喜こもごも」がほしいのだ。

どれも一緒だ。
【悲喜こもごもつながり笑】義理人情、悲喜こもごも人間模様はわたしの人生にはいらない




人は、退屈の中に留まるのが辛いのだ。

不安になるしね。



やってみると分かる。

いやこの場合の「退屈」はマインドにとっての「退屈」なので、
誤解しないでほしいんだけど、
「自分を特別だと感じられる刺激を求めないようにする」と同意と思ってもらえたらいいと思う。

「美人は三日で飽きる」の、美人と一緒。
飽きれば役に立たない。



「喜怒哀楽」を感じるための
外側のイベントを求めず、
思考をいろんなところに飛ばして感情を動かす遊びもやめると、
それはそれは退屈です。




じゃあその空いたスペースをどう使うかというと、

たとえば歯を磨くとかドアを閉めるとか食事をするとか。
そういう行為をするときに、
何か自分にとって面白かったり(それをする自分を特別に見るための)意味のある意味付けを探したり、
逆に適当にやるんではなくて、

すべてを丁寧にやるということ。



うん、キーワードは「丁寧」かもしれない。



丁寧に行為をするときって、
逆に「自分」がいなくなる気がする。

高揚感がゼロになる。


「喜怒哀楽」がなくなり、
上に何度もあげたような気持ちよさも消える。




だけど、もっと静かな心地よさが現れる。



穏やかでつまらないかもしれない。
(そして、見たくないものが見える可能性もあって、それは気持ちよくない。けどスリルがあると思えたら、裏返って違う種類の気持ちよさになる笑)

だから、そこは好き好きだけど。






「苦しい」は気持ちいいよね、わかるよ、と言いたかった。


気持ちよくなければ、
そんなの選ぶはずないもの。

人間だってそんなにわけの分からない行動はしない。


気持ちいいから選んでるんだ。



だから、かつてのわたしのような人に、
「もっと幸せな恋愛をしたら」というのは、
大きなお世話を超えて野暮だ。

それは「気持ちよさを半減させる」提案だから。




しかし人ってやつは、
退屈から逃れるためならなんでもする。

戦争だってする。
人生を賭けて、命だって賭ける。
(だって賭けるものが重大であるほど刺激は強くなる。スリル命。)


というかOSHOは、戦争は人が刺激を求めるところから生まれると言っているが、
それは本当だと思う。
血と暴力とセックス。
ハリウッド映画は全部備え持ってる。

人間が欲しがるものだ。

興奮したい。
つまらない日常から出て、「特別」を疑似体験したい。




内側を見て。

そこには何がある?






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