2017年5月5日金曜日

「この人は、地球が痛くても痛くないんだ」



もともと人間が好きじゃないんだよな。

だから、人間である自分が好きじゃないんだよな。



小さい頃にNHKでやっていた子供番組を観ていた影響なのか、
わたしは「人間ってろくなことしないな」という思いがすごく強い。

いや「ろくな存在じゃないな」だな。



木を切って荒地にして
興味本位、もしくはお金になるから動物を乱獲して
たくさんのガスを出して
汚れたものを綺麗にするために洗剤をドバドバ使って海や川に流し
整地するといって土をコンクリートで埋める

地球にとって、嫌なことばっかりするよな、って思う。

心も汚いし、もうまとめてみんないなくなったほうがいいんじゃないの?




本当に本当に、
人間って自然の秩序を乱して壊すためにいるの?
って何回も思ったし悔しかった。
悲しくて落ち込んだ。

わたしなんで人間なの?みたいに、自分の種が嫌だった。
憎んでたと言っても過言ではない。



まあ、同じ番組を観てた同世代の子供たちは何万人といただろうし、
みんながみんなわたしと同じように自分が人間であることを恥じてるとは思えないので、たぶん番組のせいじゃないです。



これはわたしの性質的なことです。


ナウシカやもののけ姫的な世界観が、
なじむかどうかの話です。



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一回り年上の元彼が、歯磨き中に水を流しっぱなしにしていた。(しかも結構な量)

最初は、そんなこと注意とかしたくないし、
説教かよとか思われたくなかったから言わなかったんだけど、
どうしても気になったから横からきゅって止めたの。
(なるべくさりげなく止めたつもりだった)

そしたら「なんで」と言われた。

ruは「水、もったいないじゃん」と言った。


彼は「俺、実家でも水止めろとか言われてないし。これぐらいよくない?じゃあ俺が水道代払うよ。別にruが嫌だったらruが見てるときは流しっぱなしにはしないけど」と言った。
すごく嫌味っぽく。
(わたしはそう感じたけど…。今考えてもやっぱり思いっきり皮肉だったと思う)


ruは「うん、ごめんね」と謝った。
すごいむかついたし悲しかったけど。

腹立ったし、なんでか泣きたいくらいに悔しかったけど、
謝って洗面所から離れた。



そのとき、元彼とはうまくいっていなかった。

一緒にいて心地いいとか、フィットするという感じがなくて、
でもお互いに笑顔をつくってデートらしいことをしてご飯を食べて、
まあそういう末期の状態だった。

だから彼もそういう棘のある言い方をしたのかもしれない。



だけど、

そのとき、「ああこの人とは致命的にダメだ。感覚が違う」と思った。



彼は、わたしが節約のために水を流しっぱなしにするなと言っていると思ったかもしれない。
もしくはわたしが「いい人仮面」で、いわゆる道徳をタテに彼を説教しようと、批判しようとしていると思ったのかもしれない。



でも、わたしは、

水を命だと思っていない態度が、つらかったのだ。

地球を生きている存在だと感じていないことが、
見ていて悲しかったのだ。



自然や人間以外の生き物に対して、
そういう扱いをする人はたっくさんいる。超いっぱいいる。


でも、身近な人だと、我慢できなかった。

我慢するなら、一生我慢することになる。

生き方の根幹に近い部分なのに、それを無視して生きていくことになる。





「この人は、地球が痛くても痛くないんだ」




それはとっても大きな隔たりで、
感じない人には絶対にわかってもらえない。


お利口さんで言ってるんじゃないのに。



「へー、感受性豊かだねえ」
「へー、想像力あるねえ」
「へー、ただのモノじゃん?擬人化しすぎじゃない?」
「へー、まじめだねえ、優しいねえ」

それくらいのものだろう。




だって、痛くないのだから。






わたしは例によって自分の感覚を軽視して生きてきたし、
自分が憎んでいた「人間」の側面に
積極的に同化しようとしてきた。

じゃないと葛藤が大きすぎて苦しい。


わたしはわたしが憎んでいる「人間」なんだ。


自分だけ綺麗みたいに思うな。




その感覚を、
その感覚を憎み忌み嫌って捨てたときの感覚を、
今思い出している。



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わたしは一人でよく近くの海に行く。

GW中も、
仕事帰りでも仕事の前でも休日でも、
わたしはよくその海でぶらぶらしている。



自然のビーチというのは、
着替える場所もないし潮だらけになっても洗えないし、
現代人の遊び場には使い勝手が悪いものだ。


十年前くらいに大がかりな整備が入り、
埋め立てや護岸の工事、
傍にはレストランや公園、そして水道もトイレも整備された。

当時は地元でも賛否両論あったけど、
それは現実になった。


気軽にぶらっときて、
便利に使える施設になったと思う。

だから地元の人だけじゃなくて観光客もいっぱいいるし、
ビーチパーティーをしている人も、
海外からウェディング写真を撮りにきた人たちもよく見かける。



そこで写真をとってSNSに載せたり、
blogで紹介している人もたくさんいるはずだ。



夕日の時間帯には、
たくさんの人たちが空にカメラを向ける。




綺麗だね、
水が透き通ってて砂も白くて、

あ、魚もいるよ。





わたしが小さかった頃、
もう20年も前になるけど、

すぐそのへんを歩いていたら、貝やウニがたくさんとれた。
拾ったそいつらをバケツに入れて家で割って食べるなんてよくやってた。


そのへんの岩陰には、
青い小魚以外にも、熱帯の色とりどりの魚がいたし、
ナマコやカニがいたし、
イソギンチャクだっていたし珊瑚も白くなっていなかった。

まだ生きていた。




今は、引いた砂浜をずーっと沖のほうまで歩いても、
20年前にはいた生き物たちがいない。



20年前にも、
祖父母や父から、
「昔はここにはもっとたくさんの魚がいたんだよ」と言われてた。


父は、幼い頃に父のおじいさんといっしょに海に行き、
おじいさんが手に持っていた網を波うち際に投げてたくさんの魚をとっていたと話してくれた。

小さくて目もよかった当時の自分にもとても見えなかったけど、
おじいさんには魚の群れの動きが見えていたんだな、と言っていた。



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わたしたちはどんどん自然から離れて、

もちろん魚がいても見えないし、
いやそもそももう魚なんていない。


星を見て方向を見ることも、
風の湿度で明日の天気を当てることもできない。

そんな能力はみんな失った。




わたしたちにとっては、
空も海も虫も鳥も全部敵だ。

支配する対象だ。



海が綺麗ね、と言っても、
うわっつらしか見ていない。

綺麗な海が好き、だけど海を殺すことには無感覚。


自然を守ろうなんて言うな、傲慢にも。
うちらに守れるはずない。
驕りだ。





だからもし、
地球が人間のことが嫌いでも当然と思う。


だからわたしは人間であるわたしが嫌いなのだ。

人間でごめんなさい、と思う。





ごめんなさいって思っても仕方ないけども。



人間って本当に、
地球を壊すために生まれてきた存在なんだろうか。
(流れの中で、癌としての役割を果たしているんだろうか?)


そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。


そうじゃないかもしれない可能性をとりあえずは信じたい。
(じゃないと話が終わってしまう)


自然の中で調和をとれる存在に、
どうやったらなれるんだろうか。

なれるんだろうか。



わたしはとりあえず、今は死なない。

だから、せめてどうにか地球の邪魔にならないように生きていきたい。




そう思って過ごすGWです。






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